青森山田高等学校の歴史
沿 革
| 大正7年 | 創立者山田きみ先生が青森市新町の自宅に裁縫塾を開く。 |
| 昭和6年 | 各種学校令による青森家政学園設立許可(青森市長島町108番地)。 |
| 同 8年 | 文部大臣の許可を受け、実業学校令による青森山田家政女学校と改め修業年限本科4年、家政科2年、研究科1年を設け、学舎を青森市浦町に設置。 |
| 同 23年 | 財団法人組織として山田学園と改称する。 |
| 同 36年 | 創立者山田きみ校長逝去。木村正枝校長就任。 |
| 同 37年 | 学校法人山田学園を学校法人青森山田学園と改称。 |
| 同 41年 | 理事長に木村正枝就任。 |
| 同 47年 | 校長に木村滋男就任。 全国高等学校総合体育大会で卓球女子団体優勝。 |
| 同 50年 | 全国高等学校総合体育大会で卓球男子団体優勝、卓球女子団体第3位。 |
| 同 51年 | 青森山田高等学校の収容定員に係る学則変更許可(定員1,140名)。 |
| 同 52年 | 青森山田高等学校新校舎完成にともない移転(7月1日)。 |
| 同 56年 | 調理科増設。 |
| 同 57年 | 青森山田高等学校の収容定員に係る学則変更許可(定員1,380名)。 2級自動車整備士養成施設自動車専攻科開設。 |
| 同 59年 | 吹奏楽コンクール全国大会銀賞受賞。 |
| 同 60年 | 青森山田高等学校「土木科」を「土木建築科」に改める。 |
| 同 62年 | 全国吹奏楽フェスティバル出場(5月30日〜6月1日東京普門館)。 |
| 平成元年 | 青森山田高等学校の学則変更許可(普通科を特進、教養、体育コースにわける)。 |
| 同 2年 | 新体操男子全国大会3冠達成。 全国高等学校総合体育大会 8月 6日 〃 選抜大会 9月15日 第45回国民体育大会 10月24日 |
| 同 3年 | 青森山田学園理事長木村正枝県褒章受賞。 |
| 同 5年 | 野球部第75回全国高等学校野球選手権記念大会初出場(兵庫県西宮市・阪神甲子園球場8月11日)。 |
| 同 6年 | 青森大学・青森短期大学・青森山田高等学校ねぶた「宇治川の先陣あらそい」において 「田村麿賞」・「跳人賞」受賞(8月)。 |
| 同 7年 | 木村隆文青森山田高等学校長に就任(4月)。 本校初の海外修学旅行(アメリカ・ロサンゼルス)を行う(11月)。 |
| 同 8年 | 青森大学・青森短期大学・青森山田高等学校ねぶた「張順水門を破る」において「ねぶた大賞」受賞(8月)。 |
| 同 9年 | 第50回青森県高等学校総合体育大会において史上初の男女総合優勝を果たし、 男子「闘魂旗」女子「明朗旗」獲得(6月)。 ジャン・カレ・ホテル料理専門学校(フランス・パリ)と姉妹校締結の調印をする(9月25日)。 青森山田高等学校通信制課程普通科設置認可(青森校、札幌校、東京校)(3月)。 |
| 同 10年 | 全国高等学校総合体育大会卓球選手権大会において男子が団体・個人シングル・個人ダブルスで優勝し、全国完全制覇を果たす(8月)。 畑山隆則(通信制課程東京校第1学年在学)WBA世界スーパーフェザー級チャンピオンとなる(9月5日)。 |
| 同 11年 | 第51回全国高等学校野球選手権大会(阪神甲子園球場)において、全国の強豪と対戦して3勝を挙げベスト8入りを果たす(8月)。 |
| 同 12年 | 中国上海七宝中学校と姉妹校締結調印式 生徒15名、引率教員6名が来校(5月)。 畑山隆則がWBA世界ライト級チャンピオンとなる 日本人で4人目の2階級制覇(6月)。 |
| 同 13年 | 全国高等学校サッカー選手権大会に4年連続出場をし、本県史上初の「国立」の舞台に進出して 第3位を獲得(1月)。 本学園卓球部男子が全国中学校卓球大会、全国高等学校総合体育大会卓球選手権大会、全日本大学対抗卓球選手権大会でともに団体優勝を飾り、日本卓球界史上初の快挙を成し遂げる。 |
| 同 14年 | 通信制札幌校中井孝治がソルトレークシティ冬季オリンピックのスノーボードハーフパイプ男子に出場して第5位入賞(2月)。 |
| 同 15年 | 2003アジア卓球選手権大会に福原 愛(中学2年)坂本隆介(高校3年)が出場、福原 愛がダブルスで銀メダル獲得。 吹奏楽研究会が全日本アンサンブルコンテスト金管八重奏高校の部で金賞受賞。 野球研修センター新築完成(3月)。 |
| 同 16年 | 福原 愛(高校普通科体育コース1年)がアテネオリンピック卓球競技の日本卓球史上最年少代表選手として出場し、卓球競技女子シングルスでベスト16に入る活躍(8月)。 タイ王国ヴィジッタラ・ピタヤー校との姉妹校締結の調印式を行う(10月4日)。 |
| 同 17年 | 青森山田高等学校「学則変更届」土木建築デザイン科を「建築デザイン科」に改める。 「普通科(男女)280名、情報処理科(男女)40名、自動車科(男女)40名、建築デザイン科(男女)40名、調理科(男女)40名、合計(男女)440名」に入学定員を改める。 第77回選抜高校野球大会に野球部が初出場をする。 |
| 同 18年 | 1月:全国高等学校サッカー選手権大会にサッカー部が9年連続出場し、ベスト16に入る。 3月:全国高等学校選抜大会で新体操男子、卓球部男子が団体優勝する。個人はバドミントン女子ダブルス、新体操男子スティックで優勝する。 |
| 同 19年 | 6月:第60回青森県高等学校総合体育大会で男子6年連続9回目の総合優勝(闘魂旗) |
| 同 20年 | 1月:全日本卓球選手権大会 男子シングルス・男子ダブルス優勝(水谷選手) |
| 同 21年 | 8月:全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で卓球男女団体アベック優勝、男子ダブルス優勝、男子シングルス優勝、 新体操男子団体優勝、個人優勝、バドミントン女子団体優勝、陸上男子1,500m優勝 10月:第64回国民体育大会男子卓球団体優勝、バドミントン女子団体優勝。 12月:全国高等学校駅伝競走大会で男子第3位。 全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝。 |
| 同 22年 | 6月:第62回青森県高等学校総合体育大会男子2年ぶり11回目総合優勝(闘魂旗)、女子14年連続14回目総合優勝(明朗旗) |
| 同 23年 | 1月:全日本卓球選手権大会男子ダブルス優勝(丹羽孝希・松平健太)、男子ジュニアシングルス優勝(丹羽孝希) |
学校経営方針
(1)校訓
誠実・勤勉・純潔・明朗
(2)教育方針
校訓の実現に努力し、社会の発展に寄与すべく健全な心身の発達を図るとともに実践力に富む個性豊かな人間の育成を目指す。
(3)教育目標
品性の陶冶を中心に教師と生徒の人間的交流を図り、校訓の実現に努力する。
(4)重点目標
1.学力の向上をはかり、個別指導に重点を置く。
2.生活態度を厳正にし、かつ人間味ある教師と生徒との交流をはかる。
3.クラブ活動を通して、青年期の精神生活の確立を得る。
4.生徒会活動に於いて社会性を持たせ人間尊重の精神を養う。
(5)実践目標
気力・迫力・全力